引用元: ・http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/pachik/1525833928/
見たことのない「ハネモノ」見つけた時は高揚したよね?
わかるw
店によって全然違う羽根物があったりして店巡るのも楽しかったな
行った。
降りたことない駅に降りて、見知らぬパチ屋に入って初めて見た羽根モノ、権利モノ、一発台は一回当たるまで必ず打った。
海物語流行り始めて、どこ行っても海だらけになったあたりから、どこ行っても同じ光景になってしまった。
>>41
当時は行きつけのホールが定休日の日に、
行ったことの無いホールを廻り、未知の
羽根物を探す旅を良くしたよ。
特にレア物のレトロ台を見つけた時の
高揚感を味わう為に遠出をしたよ。
>>41
スペック横並びのデジパチでホールがほぼ埋め尽くされた時代にもっと当たりやすい台はないものかと模索した先が羽根モノのファインプレーだったな
そこからガイドで羽根モノを初めとした「珍古台」という概念を知って古い店を巡った思い出
このスレにとってはにわかかもしれないけどニューモンローに遭遇した時は感動した
しかし規則改正によるみなし機撤去により珍古台探しは終焉を迎えたのだった…
ところでみなし機って言うけど本当はみなされてないから撤去されたんだよね
>>49
みなしていたが、社会問題になるぐらい4号機AT機のギャンブル性が問題になちゃったし
メーカーも言うこと聞かないから、みなし機共々終わりにしよう
ってのが2004-2007年
道連れにされた
まあ、あの時代は稼働がいい機種はズバ抜けて古くても設置できたからね。
当時のマイホールにみなし機問題ギリギリまで初代マジカペが鎮座してたのは良き思ひ出。
ゼロタイガー求めて岡山駅前のパチ屋に、
ニュービッグセブン求めて太田市のパチ屋に…
見たことのない台を求めて東奔西走してたなぁ…
あの頃がマジで懐かしい
>>64
太田って群馬のだよね?ニュービッグセブンっていつ頃まであったんだろう。自分の調べが甘かったのかな。茨城だったかでスーパービッグセブンなら見つけたがw
太田はブラボーセンチュリーBよく打ちに行ったな。100円玉両替に箱無し台カウンターの昔スタイル。釘は流石に厳しかったけど遊べるくらいの調整だったかな
そこは他のもラインナップ良かった。ブラボーファイブや雀士ウーロン牌、ドラドラ天国やミサイル。レアなのだとトリプルランドDなんかもあったな
羽根はリアル世代じゃないからわからんが多分初代ビッグシューターとスカイヒーローと弁慶。タッチ枠だったからちょっと感動。あれってボタンだと思ってたが触れるだけでいいのか。まぁ羽根だから関係ないが
一度役物のクセが良かったのか羽根のクセ(w)が良かったのか速攻で打ち止めた
キングスターは新世界で打てたけど、ゼロタイガーは知らなかったし知っててもさすがに遠くて行けなかったな
あのサイトの2県分の情報はほとんど俺だった
・1998年年前ぐらいまではネットでのパチ情報を探すのも至難
・情報源は知り合いの知り合いの口コミ噂
・初めて見かけたパチ屋に飛び込み、なんだこの台!?っていうワクワク感
・スロパチ雑誌の旅打ち企画で「◯◯発見!」とかでヴォーってなる
・悪友から◯◯打ちに行こうぜ!とか言われる
ネットが普及してなかったから設置機種が未知
これだけで楽しかった